007を憂う③

ジェームズ・ボンド…

その甘味な響きは、ショーン・コネリーボンドを把握している古参ファンほど、強く惹きつけられる。

ボンドというキャラクターが映画の中で確立する上で無くてはならないのが、非情さを要求される仕事内容からくる野卑さと、それを覆い隠す所作の優雅さであろう。ショーン・コネリーが原作者のイアン・フレミングから不評であったとしても、彼なくしては007シリーズは現存していなかったと自分は思う。むしろコネリーボンドは、第一作の監督でもあるテレンス・ヤングのボンドだと言っても過言ではあるまい。

現在、20作を超えるシリーズの中で、次回作の「カジノロワイヤル」でボンドを演じるダニエル・クレイグを含めると6人もの俳優が代替わりしてきたわけだが、すべての基本はコネリー=(テレンス)ヤングボンドであると言える(テレンスヤング=第1作・第2作・第4作監督)。無論、コメディータッチをスマートに取り入れたロジャー・ムーアも忘れてはいけないが、古いファンほどボンドといえばコネリーなのである。それでも自分は、今までの歴代ボンドを否定するつもりは無い。

無論、変わったのは俳優だけではない。スタッフも経年とともに入れ替わった、メインとなる撮影スタジオも2度焼けている。それはともかく自分にとってどうしても許容できない部分があるのだ。それは音楽とタイトルデザイン、要するにジョン・バリーとモーリス・ビンダー、そしてブラウンジョンがもはや他界してしまったということである。

この三人が"007シリーズ"の要素のひとつとされる、テーマ曲とライフルマーク、初期のタイトルバックを作ったことはファンである方はご存知であろう。テーマ曲に関してはモンティ・ノーマン名義ではあるが、今日のアレンジを完成させたのはジョン・バリーであることは疑いもない事実である。

はっきりいって現在の007におけるこれらの様式美は単なる真似にすぎない。しかもゲンナリするくらい過去の栄光を踏襲している。"雰囲気"をよく引き継いではいるが、それが何か?である。

デヴィット・アーノルドの音楽は悪くはないが、良くもない。「ユア アイズ オンリー」のビル・コンティのチャカポコしたサントラよりは幾分ましな程度である。いわゆるBGMって奴。

ジョン・バリーのサントラを今一度聞きなおしていただきたい。007シリーズのスピーディーかつスリリングなシーンは、彼によって構成されているといっても過言ではない。

ダニエル・クラインマンのタイトルバックも個人的にはいわゆる"やりすぎ"感がいなめない。
女性や人物のシルエットをモチーフにするあたりを引き継いではいるが、頼むからCG多様しないでくれ、オトナの洒落っ気が、子供の本気なケンカっぽくなってしまっている。

総括すると、真似しなくて良い(というか出来ない)部分を引き継ぎ、変えてはいけない本質の部分をいじってしまっているのが昨今の007シリーズであると自分は断言する。トホホ…

が、しかーし!今回のダニエル・クレイグ版「カジノロワイヤル」は何を隠そう相当期待している。今までと全く違った007が、もとい007映画が観られるかもしれないのだ。少なくとも中身に関しては、だが。

もし、今回の試みが外れた場合、もう007シリーズは追っかけないかも…それぐらいの期待をしている。無論、観賞後の感想はアップしますが、

ああ仏様「カジノロワイヤル」外れませんように。





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